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日常開示

2019年02月19日    火曜日     第2 回の開示 合計417回の開示

一切諸法は真如性である

『壇経』において六祖は言う:「一切の諸法がもし無常であるならば、即ち物物みな自性を有し、生死を受け容れ、真常の性に遍からざる所あるべし。故に吾が常と説くは、正に仏の説く真の無常の義なり」

自性は一切の法を生じ、一切の法の本質も自性である。自性は常住であり、一切の法は自性に依って説けば即ち常住である。もし一切の法が無常ならば、一切は自体性を有し、自生自滅し得る。これでは自性から出生したものではなく、自性によって出生する必要も無くなる。従って自性に遍からざる所が生じる。しかしこれは不可能である。故に一切の法は自性に依って説けば、全て真如自性の常住性である。もし一法でも無常であるならば、その法は自体性を有する。自体性有るが故に生死の説が成立し、真如に遍からざる所が生じ、出生できない法が存在することになる。

一切の諸法は真如自性に依って説けば、全て真如性であり不生不滅である。これらの法は全て真如自性から生じ、真如性を具えるため、一切の法も常住不滅である。真如自性が存在する限り、必ず一切の法が現前する。もし一切の法が無常ならば、滅した後再び出生せず、出生不能は真如自性が作用せず法を生じ得ないことを意味し、真如自性に遍からざる所が生じる。しかしこれは不可能である。真如自性は一切処に遍満し、一切処一切法は真如自性である。一切法有る所に真如自性あり。況や、真如中には本来種子が不生不滅で永遠に存続し、縁に遇えば必ず一切法を出生する。

六祖の意は次の通り:一切諸法がもし無常ならば、一切の事物は自体性を有し、これらの事物は自生自滅し、生滅が止まない。そうなれば真如自性による出生を要せず、自性に普遍性が欠ける。これは経義に背く。故に六祖が説く一切諸法の常住は、正に仏の説く真実の無常の義理である。一切諸法が常住であることは、一切諸法が自性によって生じ顕現されたことを示し、従って一切法には自体性が無く、故に無常である。

——生如法師の開示
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