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日常開示

2019年02月14日    木曜日     第4 回の開示 合計402回の開示

如来蔵を離れては因縁法無し

仏の説く十二因縁法の実質、その各支分は全て如来蔵に依って存在し、如来蔵を離れて因縁法有ること無し。世間人の説く縁起はただ表面現象を知るのみ、あたかも「此有れば彼有り、此の法が彼の法を生ず」と見做すが、実際には此の法に縁って如来蔵が彼の法を生じ、而して此の法もまた如来蔵中の法なり。如何なる法も如来蔵を離れて存在すること能わず。如何なる法の生起も如来蔵による生起なり、ただ多くの条件を要し、如来蔵が彼の法を生ずるに過ぎず。如来蔵を離れて縁起法を説き、此の法が彼の法を生じ得るとするならば、全く成立せざる所なり。

例えば無明が行を縁ずると雖も、無明は意根の心行を生じ得ず、如来蔵が意根の心行を生ずるなり。意根に無明あるが故に、法界の実相を知らず、寂静の真如に安住せんと肯わず、心を起こして外に貪求せんとするに随い、如来蔵は意根の無明に順じて意根の心行を生じ出し、意根の内に躁動を生じ、三界の法及び五陰身心を執取せんと欲し、身口意の行有らんと欲す。

行が識を縁ずるは、意根の此の躁動安からざる心行と外に求取する心行に由り、如来蔵は意根の思心所を満足せしめ、六識を生じて意根に六識を利用せしめ、自らの意願を達成せしめ、一切の身口意行を造作せしむるなり。

識が名色を縁ずるは、意根の心行絶え間無く、六識の身口意行絶え間無きに由り、如来蔵は自動的に業種を収蔵し、かくして未来世に受生する種子を植え付く。命終時に意根の心行絶えず、五陰身を求取すれば、如来蔵は中陰身を出生し、中陰身の中にて意根は暫しの色身に満足せず、尚お次の世の五陰身を有さんと欲し、父母の縁具足する時、如来蔵は意根に随って胎に投じ、名色は生起するなり。

名色が六入を縁ずる。名色たる受精卵形成の後、如来蔵は意根の五陰身に対する想いに随順し、業種と業縁に基づき絶え間なく色身を変造し、色身に眼根・耳根・鼻根・舌根を生長させ、身根も絶えず増長・完備せしめ、五根は如来蔵によって創造され、これに意根を加えて六入具足するなり。

六入が触を縁ずる。六入の縁具足する後、意根が六塵を見んと欲するに由り、如来蔵は五根を通じて外六塵を五勝義根に伝達し、六根は六塵に接触するに至る。此の触もまた如来蔵によって生起するなり。

触が受を縁ずる。六根が六塵に接触し得る時、意根は六塵を了別せんと欲し、如来蔵は耳識・鼻識・舌識・身識・意識を出生して共同で六塵境を了別せしむ(母胎中に在りては、未だ眼識を出生して色を見る能わず)。かくして六識は六塵に対し覚受を有し、苦楽不苦不楽の三種の受有り、意根も其中に自らの受を有す。此等の受も亦如来蔵によって出生するなり。

受が愛を縁ずる。六識の三種の受有るが故に、意根は六識の受に依って自らの受を有し、自ら塵境に接触する時も亦受有り、或いは貪愛の楽受、或いは厭棄の苦受、或いは捨受なり。此等の受に由り、特に意根の貪愛を以て、如来蔵は之に依って後続する一切の身口意行を生起し、更に多くの法を生起する能あり。六識の受及び意根の受は全て如来蔵が識種子を出力して生起せしむる所、六識の愛も亦如来蔵が識種子を出力して生起せしむる所なり。特に意根の貪愛は、如来蔵が意根の受に縁って出生する所なり。

愛が取を縁ずる。意根に貪愛有るが故に、執取性を生起し、三界六塵の万法を占有し執取せんと欲す。此の執取性も亦如来蔵が識種子を出力して生起せしむる所、如来蔵を離れては意根無く、況んや意根の受・愛・執取性有るを得んや。

取が有を縁ずる。意根が三界万法を執取するに由り、如来蔵は意根の心行に随順して絶え間なく三界世間の一切法を生起す。有が生を縁ずる。三界世間法が生起した後、五陰身の生存環境具足するに及び、如来蔵は五陰身を出生するなり。

生が老死憂悲苦悩を縁ずる。五陰身は生滅幻化性なるが故に、出生後、如来蔵が執持し、絶えず四大種子を出力して色身を不断に生長せしめ、漸く老い、遂に死す。此の中に無量の生死苦有り、憂悲苦悩尽きること無し。此等の生老病死苦も亦如来蔵が縁に依って出生する所、根源は依然として意根の執取性及び意根の貪愛に在り、意根の貪愛を滅除して初めて一切の苦受を滅除し得るなり。

以上の十二因縁を以て観るに、三界世間の一切法は全て意根の貪愛と執取に因り、如来蔵が意根と業種に随順して五陰世間の一切法を生起し、生死苦楽も全て如来蔵の出生する所なり。如来蔵を離れては法無く、意根の執取を離れては如来蔵も法を出生せず。故に一切法の中には常に意根と如来蔵の現行運作有り、一切法は意根と如来蔵を離れること能わざるなり。

——生如法師の開示
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