衆生無辺誓い度す
煩悩無尽誓い断つ
法門無量誓い学ぶ
仏道無上誓い成す

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日常開示

2018年10月07日    日曜日     第1 回の開示 合計29回の開示

父子合集経選講

原文:

大王。彼識起時。無所從來。滅無所至。其緣生時。無所從來。滅無所至。彼業生時。無所從來。滅無所至。大王。無有少法。從於此世。得至他世。何以故。自性空故。

しかし善業であれ悪業であれ、その本性は皆空であり、主宰できるものではなく、生滅を繰り返す。生には来所がなく、滅にも行方がなく、幻化して実在しない。例えば私が刀を持って人を殺す場合、このことをする前に、この業は存在せず、来所もない。この行為の造作にも造作者がなく、表面の現象はまるで幻術師が幻化させたもののようで、造業者はない。人を殺す行為は色身と識心が和合して運作して生じたもので、色身は虚妄であり、識心も虚妄であり、実在するものではないので、五陰の行為も真実ではない。そして人を殺す行為が起こった後、一瞬で影も形もなく消え去る。だから行為の造作自体が空であるが、業種を残してしまう。

そして業種自体も空であり、来る所もなく、去る所もなく、何もない状態から始まり、何もない状態に戻る。報いを受けた後、業種も影も形もなく消滅する。業種も空で虚妄なものである。もし業種が虚妄でなければ、報いを受けた後、あるいは懺悔した後でも業種が消えるはずがない。もし業種が消えなければ、衆生は永遠に報いを受けるはずで、無限に続くはずで、人を殺した者は永遠に地獄で報いを受け、永遠に人に殺されるはずで、終わりがない。だからすべての罪福業は虚妄であり、来る所もなく、去る所もなく言える。それでも、すべての福業は最終的に衆生を徐々に仏へと向かわせ、最終的に仏果を成就させる。すべての罪業は最終的に衆生を苦しみに満ちた状態にし、嘆きが絶えない。分析してみると、阿頼耶識だけが真実で不変で、生滅せず、永遠に存在する。それ以外のすべての法は空で、幻化しており、刹那刹那生じ、刹那刹那滅び、雷の光よりも速く生滅する。

——生如法師の開示
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