衆生無辺誓い度す
煩悩無尽誓い断つ
法門無量誓い学ぶ
仏道無上誓い成す

生如法师のウェブサイトロゴ

日常開示

2018年10月09日    火曜日     第2 回の開示 合計41回の開示

参禅に必要ないくつかの条件

いわゆる参禅とは、観行して思惟し、如来蔵を参究し、真如仏性を証得することである。参禅は人を探す道理と同じで、人を見つけるにはまずその人を知っていなければならないか、あるいはその人の写真を持っていて、心の中にその人の姿を知っていなければ、その人を見つけることはできない。

次に、どこに探しに行けばいいのかを知らなければならない。目的もなく盲目的に探すのは、大海原で針を探すようなもので、きっと希望は薄い。また、この人が現れる可能性のある場所をすべて把握しておかなければならない。どこに人が隠れている可能性があるか、どこに隠し通路や仕掛けがあるかを知っておかなければならない。第三に、適切な交通手段、時間、旅費が必要である。また、この人を識別する目力が必要で、そうでなければ向かい合っていても知らない人同士になってしまう。最も良くて確実な方法は、その人を見たことがあり、その場所を知っている人に案内してもらうことで、これが最速の方法である。だから、一人を探すのも容易なことではない。ましてや、無始以来ずっと知らず、知ることができなかった真如仏性を探すのは、なおさら難しい。

だから参禅するには基礎をしっかり固め、必要な条件をすべて備えなければならない。基礎を固めるとは菩薩の六波羅蜜を修行することで、一つでも欠けていれば証悟できず、参禅も力が入らない。人を探す方法と比較して、真如心如来蔵を探す参禅もいくつかのステップが必要である。

まず如来蔵の体性を理解しなければならない。大般若経や心経、金剛経などを薫修し、正しい知見を備えてから、如来蔵を探し始めることができる。

次に、如来蔵がどこに現れるのかを知らなければならない。般若を学ぶことによって、如来蔵が五陰の様々な活動の中に現れ、六根が六塵に触れるところに現れることを明らかにしなければならない。いわゆる生緣は至るところにあり、至るところに生緣がある。妄法が現れるところにはすべて如来蔵が現れ、一つ一つの法の生まれは真と妄が和合している。真と妄が和合するところは非常に重要な観察の場所であり、この知見を必ず備えておくことは非常に重要である。

さらに、如来蔵が五陰の活動の中に現れるので、五陰の体性もすべて理解しなければならない。七識が色身に加わることで五陰ができるので、七識が鍵であり、七識の体性も理解しなければならない。こうすれば真の法もはっきりとし、妄の法もはっきりとし、真と妄が和合した時、様々な五陰の妄の法の中から真の法を見つけることができる。

これらはすべて正しい知見であり、正しい知見があっても福徳が必要で、相応の定力をもって参究しなければならない。最も重要なのは、善知識の導きと助けがあってこそ、無駄な道を歩まず、もう盲目的に修行しないことである。定力を具足させるには、戒を守り、忍辱することが前提で、また精進して修行する心を持たなければならない。これらが菩薩の六波羅蜜の大まかな内容と条件であり、具体的な内容は自分で経典を細心に読んで、細心に体得して、そして具体的に実践しなければならない。最後に、時節因縁が具足した時になって初めて、第八識如来蔵を見つけ、明心して悟りを得ることができる。

だから菩薩になる条件を満たすことは、私たちが今努力して修行すべき方向であり、修行の手掛かりとなるところでもある。修行は焦って急いで進んではいけない。一歩一歩着実に進み、一つ一つの段階を踏んでいかなければならない。足腰が弱ければ走れない。急功近利な考えは克服しなければならない。

——生如法師の開示
前の記事前の記事

父子合集経選講

次の記事 次の記事

一切の法には意根の選択作用がある

ページのトップへ戻る