心の中で「これらの全ては私のものではない」と言った時、自分に「なぜなのか」と何度も問いかけてみなさい。説明できないなら、また観行を続けなさい。必ず自分に問いかけ、自分で答えることを繰り返してこそ、証拠が得られ、証拠が確かなものになって、初めて事実を発見し、真理を発見することができます。本当の疑問があるということは、意根が疑いを生じていることで、意根は理解できず、理解したいと思っている。これは良いことです。疑問がないのが恐ろしい。それなら見道にはほど遠い。
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