四念処経講記（第二版）（新修正）
第一章 総説
原文：如是我聞。一時世尊住拘樓國。名劍磨瑟曇之拘樓人市鎮。於其處。世尊告諸比丘曰。諸比丘。彼等比丘應諾世尊。世尊如是曰。諸比丘。爲衆生之清淨。爲度憂悲。爲滅苦惱。爲得真理。爲証涅槃。唯一趣向道。即四念處。
釈：如是我聞。一時、世尊は拘楼国の拘楼人の市鎮に住したまい、市鎮において法を説く時、諸比丘に告げたまわく「諸比丘よ」と。比丘たちは答えて「世尊」と申し上げた。世尊は続けて言われた「諸比丘よ、衆生が心清浄を得んとし、憂悲苦悩を度越し、真実の四聖諦理を得て涅槃を証せんとするには、唯一の趣向道、唯一の修道方法がある。すなわち四念処を修習することである」と。
如是我聞。これは仏涅槃の後、阿難が大衆の前で仏が当時如何にこの経を説かれたかを復誦したものである。「一時」とは具体的な時を述べず、この時間を定め得ないからである。インドはその時間、中国はこの時間、天上はまた別の時間であり、各天層の時間も異なる。故に仏経はあえて具体的な時間を記さない。世尊が法を説かれる対象は三界世間の人天衆生であって特定地域の衆生ではないため、度衆の範囲が極めて広範であるからである。世尊が座を正した後、比丘たちを呼びかけられたのは、比丘たちに聞法への集中を促すためである。比丘たちが世尊に応答した後、心を沈静させて専心聴法し、世尊が法を説き始められた。
四念処観を修すれば上述の利益を得、心清浄を得て無量の憂悲苦悩を度越し、真理を得て涅槃を得る。この修道の結果は小乗人にとって最大の利益である。「心清浄」とは何か。清浄とは貪・瞋・癡の煩悩及び煩悩習気がなく、執着がなく、無明がなく、染汚がない状態を指す。衆生の心は往々にして清浄でなく、極めて多くの煩悩と無明を有する。具体的にどのような煩悩があるか。貪愛――様々な人・事・物・理を貪り、財・色・名・食・睡を貪り、見るもの全てを貪って我が所有とし、我に属するものが多ければ多いほど良いと考える。瞋恚――境遇に触れる度に怒気を動かし、発火し、悩乱し、嫉妬し、怨恨する。愚癡――真実の道理を何も理解せず、一事も知らず、内心が無明に満ち、自らが愚癡であることすら知らない。極めて愚癡な者は自らの愚癡を知らず、他人が愚癡だと指摘しても認めようとしない。
実際、全ての衆生は愚癡性を有し、不明の理を抱えている。如何なる事柄にも不知の部分が存在する時点で愚癡無明となる。例えば五陰身が四大から成る仮合体であることを理解せず、五陰の「我」が虚妄無常の幻化であることを知らず、如何に生死の苦を出離するかを解さず、苦とは何か、苦が如何にして現れるかを知らず、如何に解脱を得るかを解さず、何故六道輪廻の苦が存在するかを知らず、如何に六道を出離するかを解さず、仏とは何か及び如何に成仏するかを知らない。しかも世間の万法を執取し貪り取り、貪・瞋・癡の業を造作し、遂には世間万法に縛られ業障の深淵に囚われて自在を得られない。
衆生の心中には憂悲と苦悩が共存し、苦悩は極めて多く微細である。これら憂悲苦悩を度越するには道を趣き修道せねばならない。「度」とは越え去り消滅させることであり、これらの憂悲苦悩を全て度化消滅させて初めて心は清涼を得る。真理を得るためには道を趣き修道する必要がある。真理とは何か。真の真理とは実在の道理であり、仏陀の説く解脱の理に符合し、三界世間の真相であり、覆滅しない事実である。小乗法における真理とは苦・集・滅・道の四聖諦理である。苦は一つの真理であり、衆生が世間に存在する五陰は全て苦である。これが真理であり実存の道理である。苦集も真理であり、これらの苦は衆生が無量劫以来の貪・瞋・癡の煩悩によって造作した悪業が積集感召した結果であり、故に衆生はこれらの苦の果報を受ける。これもまた真理である。
苦滅は真理である。衆生にこれほどの苦があっても、修道によって滅ぼすことが可能であり、苦は永遠不滅の存在ではなく消滅可能である。これも真理である。苦を滅するために修する八正道も真理である。苦を滅除する方法とは何か。八正道を修することであり、八正道の修道方法もまた真理である。八正道に従って修行すれば、無量の憂悲苦悩を滅除できる。要するに苦・集・滅・道の四聖諦こそが衆生の修行すべき真理である。この真理を証得する利益は何か。第一に三悪道に堕ちて苦を受けることがなくなり、六道輪廻から離脱できる。第二に貪愛を除去し解脱を得る。解脱後は憂悲苦悩がなくなり、三苦・八苦・無量苦が全て滅除され、寂滅楽・清涼楽を得る。
涅槃とは何か。涅槃は清涼寂静とも称され、不生不滅とも称され、不来不去とも称される。我々の現存する五陰仮我は生滅有り、来去有り、煩悩有りて清涼ならず。生滅現象を大枠で観れば、無量劫における五陰身の生来死去、あるいは一生一世における生来滅去、出生から死亡までの全てが生滅有る法である。微細な現象から言えば、五陰は刹那刹那に生滅し、色身と心念は極めて迅速に生滅変化し続け、五陰はこのように生滅来去する。涅槃の境界には生滅去来の現象がなく、煩悩無き清浄の境界である。修道を経て涅槃を証得し、不生不滅の寂滅楽を得て清涼を得、寂止を得る。
涅槃は大乗涅槃と小乗涅槃に分かれる。小乗涅槃は三果阿那含の証得する有余涅槃と四果阿羅漢の証得する無余涅槃である。大乗菩薩の証得する涅槃は、小乗のこの二種に加え、主に本来自性清浄涅槃を証得し、不生不滅の第八識如来蔵を証得し、及び仏地にて証得する無住処涅槃である。本心は常寂光土に在り、心は寂滅しているが、報身・応身・無量無数の化身を用いて無量の衆生を広く度し、仏は一処にも住まず涅槃の境界にも住しない。
阿羅漢の証得する有余涅槃と無余涅槃は、四念処を修習し身・受・心・法を観行することによって証得される。有余涅槃とは何か。未だ残余の微少な苦を受忍する必要があり、心中では貪愛を滅したものの三界世間への念想を起こさず、色身が存在する限り世間に生活すれば様々な微苦を感召する状態を指す。例えば往時のインドで摂氏40度の高温に太陽光が直射すれば熱さを感じる苦、夏の蚊虫に刺され痒痛を覚える苦、業障による病苦などがこれに当たる。これらは微苦ではあるが、欲求・貪求が無いため苦受が少なく小さい。苦の根源は貪愛であり、衆生は何もかもを貪り、貪時に苦しみ、貪後に苦しみ、貪着と貪不着の両方で苦しみ、所有したものを再び失えば更に苦を覚える。
無余涅槃とは何か。四果阿羅漢が三界への貪愛を断尽し、命終時に自らの五陰十八界を滅し後世を残さない状態を指す。智慧解脱の阿羅漢は初禅定のみを有し、寿命尽きるを待って自らを滅する必要がある。俱解脱阿羅漢は四禅八定を具え、随時随処に自らを滅し、第八識の真心のみを残して一切の苦を滅する。色身も心も存在しないため苦受が発生せず、阿羅漢が無余涅槃に入れば寂滅楽を得るが、真の「楽」を享受する主体も存在しない。これが小乗の証得する無余涅槃である。
四念処を修すれば上述の諸利益を得、心清浄を得て無量の憂悲苦悩を度越し、真理を得て涅槃を得る。これが小乗にとって最大の利益である。
原文：如何爲四念處。諸比丘。比丘於此。於身觀身而住。精勤。正知正念。捨離世間之欲貪苦惱。
釈：仏が説かれた「如何にして四念処とするか。諸比丘よ、比丘は四念処に於いてまず色身を観行し、心を観行色身に住まわせ、精勤一心し、正知正念を具足し、世間の欲貪と苦悩を捨離せねばならない」
第一念住は身念住であり、身に於いて身を観じて住する。まず我々の身体を観察する。心念の全てを自己の身体に集中させ、この時心中で他の事柄を考慮せず、他の妄想を起こさず、全注意力を集めて色身を観察する。身を観じて住した後、観察の結果として色身が不浄であることを了知し、色身が無常であることを知る。最終的に「この身体は空・苦・無常であり我でも我の所有でもない」という結論を得て、身見を断つ。
精勤一心とは懈怠せず、暫く観じただけで懶惰に陥り心念を逸らさず、常に精勤的に色身を観じ、睡眠時を除く全ての時間を観身に費やすことで苦を滅する。ここで述べるのは大枠の輪郭であり、具体的な観行方法には未だ触れていない。正知正念とは何か。観身中に念頭が散失し自己の身体状態を知覚し得ない状態は正知正念ではない。全ての心念を色身、あるいは色身が現在行っている動作に集中させねばならない。これが正知正念である。二つの事柄を同時に行い、観身中に他事を想起し心念が分散する状態は正知正念ではない。
このように修行すれば世間の欲貪・苦悩を捨離できる。心念念々が色身に集中し、過去を回想せず未来を希求しないため煩悩が減少し、眼前の動作のみに注意が向き、昨日や前日の事柄を想起して苦・楽・憂・喜の諸煩悩が生起しない。明日や明後日の事柄を考慮し計画を立て始めると心念が清浄を失い、雑念が多発して心が騒然とし煩悩が生じ始める。眼前の色身と色身の行う動作のみに注意を向け雑念が無ければ、心中に欲貪も苦悩も存在しない。これが第一観「身を観じて住す」である。
原文：於受觀受而住。精勤。正知正念。捨離世間之欲貪苦惱。
釈：第二観は受を観じ、自己の内心の感受を不断に観察し、心を観察受覚に住まわせる。身体の諸感受と心の諸覚受を観察し、全ての心念を覚受の観察に集中させ、心中に世間の欲貪と煩悩を生起させない。覚受は如何なる時に現れるか。眼が色を見る時に感受が生じ、耳が声を聞く時に感受が生じ、人と接し物事を処理し行住坐臥する時に感受が生起する。即ち六根が六塵に触れる時に様々な感受が発生し、如何なる事象の発生も六塵境界が現前すれば内心に感受が生じ、身体にも感受が生じる。これら感受を不断に観察せねばならない。
感受を観察した結果、智慧が生起すればこれらの受が全て苦受であると感知する。これにより我々は受への貪着を止め、出離心と修道心を生起させ、最終的に修道によってこれらの感受を滅し執着を断つ。観行観察思惟を経て、これらの感受も無我性であり苦であることを証得する。苦である以上我でも我の所有でもない。
受に於いて受を観じて住し、精勤一心せねばならない。極めて精進的に連続不断に諸感受を観察し、世間の欲貪を生起させず、他の苦悩を生起させず、他の想念を生起させず、雑念無き状態が精勤である。精勤には別の表現として四正勤がある。四正勤とは「未生の善を生起せしめ、已生の善を増長せしめ、未生の悪を生起させず、已生の悪を滅却する」を指す。四正勤による精進修行の中で、悪を断ち善を修することを期す。善法は専一の正念を指し、悪は雑乱の攀縁心を指す。悪を断ち善を修する努力こそが精進である。
精勤修行を経て正知正念を具え、心念念々が感受の観察に集中する状態を正知正念と称する。色身の感受を知覚し得ない状態は正知正念ではなく、心念が他事に移り集中しないため正知ではない。我々が現に行うべき唯一の事柄は色身の感受を観察し、精力念力を集中してこの一事を完遂することである。これが正知正念である。正知正念を具えた後、世間の欲貪と苦悩を捨離し、眼前に明明白白に受が苦であり、我でも我の所有でもないことを感知すれば我見を断つ。我見を断った後は徐々に貪愛を滅し、感受への貪着を止め、欲貪苦悩を滅却する。この時禅定も生起する。
この観行方法は初果未証の凡夫期から開始し、何時まで継続するか。四果阿羅漢を証得するまで継続可能である。観行後は初果・二果・三果・四果の果位を証得し、最終的に全ての欲貪を断尽し、三界の煩悩を悉く断じ、世間の欲貪と苦悩を捨離する。これが第二観「受を観じて住す」である。
原文：於心觀心而住。精勤。正知正念。捨離世間之欲貪苦惱。
釈：心に於いて心を観じて住す。心は幾つあるか。観るべき心はどれか。心は真心と妄心に分けられる。真心は一つあり、第八識如来蔵と称される。妄心は七つある：眼識心・耳識心・鼻識心・舌識心・身識心・意識心、及び第七識意根である。意根は時処を問わず主宰する「我」であり、七つの妄心と一つの真心を合わせて総計八識となる。観心すべきは前七識あるいは前六識である。第八識は未証得のため観行できず、小乗も真心第八識を観行する必要がない。第七識意根も証知が困難で観行し難いが、一般に第七識の機能作用を意識の働きと誤認するため、妄心を観察できる範囲で意識の観察対象とし、意識と意根第七識を厳密に区別せず、主に第六識意識心を観じ第七識を補助的に扱う。
心に於いて心を観じて住すとは如何にするか。心の無常性を観じる。無常とは何か。心の生滅変異性不定性こそ無常である。観行する六識は毎日生起しては滅し、最も顕著な無常の現れは六識心が刹那刹那に生滅し心念が絶えず変化することである。六識全体の無常性から見れば、心念は常に変化を続け、此刻この瞬間の想念も瞬時に変容し、他人も自己も捉え得ない。心は常に変転し、心念が変わり思想が変わり、全ての計画打算が変容し、発した誓約も実現困難である。故にこの心は無常性で信頼できず、自己すら当てにできぬものを他者が依存できる道理はない。これが心の不可靠性である。
心を観じて住す際も精勤懈怠せず、雑念無く正知正念を保たねばならない。全ての心念を観心に集中し、現在ただ自己の心念のみを了知し、他事に攀縁しない状態を正知正念と称する。正知正念を具えた後、世間の欲貪・苦悩を捨離し、世間への貪愛を断じる。貪愛を断じた後は全ての苦悩を滅尽する。これが第三観「心を観じて住す」である。
原文：於法觀法而住。精勤。正知正念。捨離世間之欲貪苦惱。
釈：法に於いて法を観じて住す。観行すべき法には何が含まれるか。五陰の法・六塵の法・六根の法・六識の法・十二処の法・十八界の法、これらは全て五陰が輾転和合して生起した一切の法であり、行住坐臥・語黙言笑等の種々の法を含む。具体的には五受陰・四聖諦・七覚分・八正道・十二処・十八界を観行する。これらの法を観行するには更に精進一心に観察し、正知正念を保ち、世間の欲貪と苦悩を捨離せねばならない。法を観じて住した結果は何か。一切法の中に我も我の所有も存在しないことを証得することである。これが小乗の法無我であり、また小乗の人無我である。五陰十八界が輾転生起した一切の法は我ではない。最終的に三果・四果を証得し、三界への貪愛を断尽し、全ての憂悲苦悩を滅却し、心清涼を得て解脱し、三界を出離する。続いて世尊は具体的に四念処の観行を如何に修行すべきかを教示される。
