衆生無辺誓い度す
煩悩無尽誓い断つ
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阿含経十二因縁釋

作者: 釋生如 分類: 二乗の解脱 更新時間: 2024-11-10 閲覧回数: 1280

第二節 長阿含経巻一(十二因縁)

原文:佛告比丘。太子見老病人。知世苦惱。又見死人。戀世情滅。及見沙門。廓然大悟。下寶車時。步步中間。轉遠縛著。是真出家。是真遠離。

釈:仏は諸比丘たちに言った。毗婆尸仏が太子の時、宮廷の四つの大門を出たとき、老人や病人を見て世間が苦しいことを知り、更に死人を見たとき世間への貪欲な気持ちが滅びた。その後、出家した沙門を見て大いに悟った。そして宝車を降りるとき、一歩一歩進むごとに、心は世間の煩悩の結縛から遠ざかっていった。その時太子は本当に出家し、本当に世間の煩悩から遠ざかった。

これを善根と言い、無量億劫の修行の結果である。これこそ仏陀の再来であり、世間に触れるやいなや、世間の苦しみを知り、迅速に煩悩の結縛から遠ざかり、世間の真諦を徹底的に悟り、心が出家し、その後体も出家する。しかし善根の浅い凡夫の衆生は、世間のどんな出来事に遭遇しても、心は麻痺して悟らず、世間の苦しみ、空しさ、無常、無我を知らず、世間の貪瞋痴の煩悩に従い、煩悩の業を作り、生死の流れに追従する。

原文:時彼國人。聞太子剃除須發。法服持鉢。出家修道。鹹相謂言。此道必真。乃令太子。捨國榮位。捐棄所重。於時國中。八萬四千人。往就太子。求爲弟子。出家修道。佛時頌曰。撰擇深妙法。彼聞隨出家。離於恩愛獄。無有衆結縛。

釈:このとき国内の人民は太子が髪とひげを剃り、出家の衣を着て、鉢を手にして出家して修道しているのを聞いて、互いに告げ合い慰め合って言った。修道ということはきっと非常に真実なことだ。だから太子は国王の栄華と富貴を捨て、背負っていた重荷を捨てたのだ。そこで国中の八万四千人が太子のもとに駆けつけ、弟子となって出家して修道するように請い求めた。仏は一つの偈を説いた。毗婆尸太子はあの甚深で微妙な解脱法に出会い、聞いた途端に出家して修道し、世間の恩愛の地獄を離れ、もう多くの生死の結縛はない。

原文:於時太子。即便納受。與之遊行。在在教化。從村至村。從國至國。所至之處。無不恭敬。四事供養。菩薩念言。吾與大衆。遊行諸國。人間憒閙。此非我宜。何時當得。離此群衆。閑靜之處。以求道真。

釈:そこで太子は当時これらの弟子を受け入れ、彼らと一緒に各地を巡って衆生を教化した。一つの村落から一つの村落へ、一つの国から一つの国へと巡り、行く先々で民衆は不敬な者がなく、皆飲食や医薬など四つのもので供養した。太子菩薩は心に思った。私は大衆と一緒に各々の国を巡っているが、人間はこんなにも騒がしい。これは私がいるべき場所ではない。いつ私はこれらの人々を離れて、のんびりとした処に行って修行し、本当の道の果実を得ることができるのだろうか。

原文:尋獲志願。於閑靜處。專精修道。複作是念。衆生可湣。常處闇冥。受身危脆。有生有老。有病有死。衆苦所集。死此生彼。從彼生此。緣此苦隂。流轉無窮。我當何時。曉了苦隂。滅生老死。

釈:やがて心の願いが満たされ、空きと静寂の処を見つけ、専ら精進して修道した。太子菩薩は心にまたこのような思いを抱いた。衆生は哀れみに値する。常に暗い幽冥の処にあり、得た色身は脆弱で危険で、生老病死の多くの苦悩が集まっている。ここで死んであそこに生まれ、またあそこで死んでここに生まれる。彼らはこのような苦受陰をつかみ、生死の中で無窮に流転する。私はいつになったら苦陰を明らかにし、生老病死を滅ぼすことができるのだろうか。

世尊のこの叙述から分かるように、諸仏菩薩は劫を経る修道の過程において、最初は皆人のいない静かな処で一人で精進して専修し、人々の騒がしさから遠ざかり、成就を修めた後に初めて人々の中で教化し、衆生を度脱する。道は静寂の中で得られ、静寂は慧を生み、静寂は三昧を得るからである。だから修行において何らかの成就を得た人は皆、一人で静かに修行する段階を経て、世俗の貪瞋痴と騒がしさから遠ざかり、名聞利養から遠ざかり、心が清浄になってから初めて道に入ることができる。

原文:複作是念。生死何從。何緣而有。即以智慧。觀察所由。從生有老死。生是老死緣。生從有起。有是生緣。有從取起。取是有緣。取從愛起。愛是取緣。愛從受起。受是愛緣。

釈:太子が修道しているとき、心にまたこのような思いが浮かんだ。生死はどこから来るのか。どんな因縁によってあるのか。この疑問を解くために、知恵を用いて生死の由来を観察し、最後に証得した。老いと死は生から来て、生は老いと死が生まれる因縁である。生は三界の有から来て、有は生という現象が生まれる因縁である。有は執取から生じ、執取は有が生まれる因縁である。取は愛から来て、愛は取が生まれる因縁である。愛は受から来て、受は愛が生まれる因縁である。

原文:受從觸起。觸是受緣。觸從六入起。六入是觸緣。六入從名色起。名色是六入緣。名色從識起。識是名色緣。識從行起。行是識緣。行從癡起。癡是行緣。

釈:受は触から来て、触は受が生まれる因縁である。触は六入から来て、六入は触が生まれる因縁である。六入は名色から生じ、名色は六入が生まれる因縁である。名色は六識から来て、六識は名色が生まれる因縁である。六識は意根の行から来て、行は六識が生まれる因縁である。行は意根の無明から来て、無明は行が生まれる因縁である。

原文:是爲緣癡有行。緣行有識。緣識有名色。緣名色有六入。緣六入有觸。緣觸有受。緣受有愛。緣愛有取。緣取有有。緣有有生。緣生有老病死、憂悲苦惱。此苦盛隂。緣生而有。是爲苦集。菩薩思惟。苦集隂時。生智生眼。生覺生明。生通生慧生証。

釈:これがいわゆる愚痴によって行があり、行があるから六識の業種があり、六識の業種があるから後世の名色があり、名色があるから六入があり、六入があるから触があり、触があるから受があり、受があるから愛があり、愛があるから取があり、取があるから有があり、有があるから生があり、生があるから老病死憂悲苦悩がある。この苦盛陰は生があるからこそ現れるもので、これが苦の集である。太子菩薩は苦陰の集を思惟するとき、縁生の智が生じ、清浄な法眼が生じ、覚悟が生じ、明達が生じ、通明が生じ、智慧が生じ、明証が生じた。

原文:於時菩薩。複自思惟。何等無故老死無。何等滅故老死滅。即以智慧。觀察所由。生無故老死無。生滅故老死滅。有無故生無。有滅故生滅。取無故有無。取滅故有滅。愛無故取無。愛滅故取滅。受無故愛無。受滅故愛滅。觸無故受無。觸滅故受滅。六入無故觸無。六入滅故觸滅。

釈:この時菩薩はまた独りで思惟した。何の法がなくなれば老いと死が消え、何の法が滅べば老いと死が滅ぶのか。この問題を明らかにするために、太子菩薩は知恵を用いて老いと死の滅びの理由を観察し、最後に証得した。生がなくなれば老いと死がなくなり、生が滅べば老いと死が滅ぶ。三界の有がなくなれば生がなくなり、有が滅べば生が滅ぶ。取がなくなれば有がなくなり、取が滅べば有が滅ぶ。愛がなくなれば取がなくなり、愛が滅べば取が滅ぶ。受がなくなれば愛がなくなり、受が滅べば愛が滅ぶ。触がなくなれば受がなくなり、触が滅べば受が滅ぶ。六入がなくなれば触がなくなり、六入が滅べば触が滅ぶ。

原文:名色無故六入無。名色滅故六入滅。識無故名色無。識滅故名色滅。行無故識無。行滅故識滅。癡無故行無。癡滅故行滅。是爲癡滅故行滅。行滅故識滅。識滅故名色滅。名色滅故六入滅。六入滅故觸滅。觸滅故受滅。受滅故愛滅。愛滅故取滅。取滅故有滅。有滅故生滅。生滅故老死。憂悲苦惱滅。菩薩思惟。苦隂滅時。生智生眼。生覺生明。生通生慧生証。

釈:名色がなくなれば六入がなくなり、名色が滅べば六入が滅ぶ。六識の業種がなくなれば名色がなくなり、六識の業種が滅べば名色が滅ぶ。身口意の行がなくなれば六識の業種がなくなり、身口意の行が滅べば六識の業種が滅ぶ。無明がなくなれば身口意の行がなくなり、無明が滅べば身口意の行が滅ぶ。したがって、「無明が滅べば行が滅び、行が滅べば六識が滅び、六識が滅べば名色が滅び、名色が滅べば六入が滅び、六入が滅べば触が滅び、触が滅べば受が滅び、受が滅べば愛が滅び、愛が滅べば取が滅び、取が滅べば有が滅び、有が滅べば生が滅び、生が滅べば老病死憂悲苦悩が滅ぶ」と言う。太子菩薩が苦陰の滅を思惟するとき、因縁の智が生じ、法眼が生じ、覚悟が生じ、明達が生じ、通明が生じ、智慧が生じ、明証が生じた。

原文:爾時菩薩。逆順觀十二因緣。如實知。如實見已。即於座上。成阿耨多羅三藐三菩提。佛時頌曰。此言衆中說。汝等當善聽。

釈:この時太子菩薩は十二因縁に沿って観行し、また十二因縁に逆らって観行した後、十二因縁法を如実に証知し、如実な正見正智が生じた。十二因縁法を如実に証見した後、法座において阿耨多罗三藐三菩提を成就した。仏はこの時一つの偈を説いた。「私が大衆の中で説いたこれらの法を、あなたたちは善く聞くべきである。」

原文:過去菩薩觀。本所未聞法。老死從何緣。因何等而有。如是正觀已。知其本由生。生本由何緣。因何事而有。如是思惟已。知生從有起。取彼取彼已。展轉更增有。是故如來說。取是有因緣。

釈:昔、菩薩はこれまで聞いたことのない十二因縁法を観行した。老いと死はどんな因縁によって生じ、どんな因縁によってあるのか。このように正しく観察した後、老いと死はもともと生によって現れることを知った。生はもともとどんな因縁によって現れ、どんな理由によってあるのか。このように思惟した後、生は三界の有から生じることを証得した。諸法を取着した後、転々として更に有を堅固にした。だから如来は取を三界の有的因縁と言う。

原文:如衆穢惡聚。風吹惡流演。如是取相因。因愛而廣普。愛由於受生。起苦羅網本。以染著因緣。苦樂共相應。受本由何緣。因何而有受。以是思惟已。知受由觸生。觸本由何緣。因何而有觸。如是思惟已。觸由六入生。

釈:多くの汚れたものが集まって、風が吹くと悪い汚れ物が流れ散るように、諸法の相を取着する因縁もこのようで、貪愛によって広く流布する。貪愛は受の因縁によって生じ、受は苦悩の羅網を生じる根本である。諸法に貪染する因縁によって、苦楽の受と染汚れが相応して生じる。受はもともとどんな因縁によって生じ、どんな因縁によって受があるのか。菩薩はこの因縁を思惟し、そして受は触の因縁によって生じることを証知した。触はもともとどんな因縁によって生まれ、どんな因縁によって触があるのか。このように思惟した後、触は六入の因縁によって生まれることを証知した。

原文:六入本何緣。因何有六入。如是思惟已。六入名色生。名色本何緣。因何有名色。如是思惟已。名色從識生。識本由何緣。因何而有識。如是思惟已。知識從行生。行本由何緣。因何而有行。如是思惟已。知行從癡生。

釈:六入はもともとどんな因縁によって生じ、どんな因縁によって六入があるのか。このように思惟した後、六入は名色の因縁によって生じることを証知した。名色はもともとどんな因縁によって生じ、どんな理由によって名色があるのか。このように思惟した後、名色は六識の業種の因縁によって生まれることを証得した。六識の業種はもともとどんな因縁によって生じ、どんな因縁によって六識の業種があるのか。このように思惟した後、六識の業種は身口意の行の因縁によって生じることを証知した。身口意の行はもともとどんな因縁によって生じ、どんな因縁によって行があるのか。このように思惟した後、行は愚痴の因縁によって生じることを証知した。

原文:如是因緣者。名爲實義因。智慧方便觀。能見因緣根。苦非賢聖造。亦非無緣有。是故變易苦。智者所斷除。若無明滅盡。是時則無行。若無有行者。則亦無有識。若識永滅者。亦無有名色。名色既已滅。即無有諸入。若諸入永滅。則亦無有觸。若觸永滅者。則亦無有受。

釈:以上のような因縁法は、真実な義理の因縁法と呼ばれる。知恵と方便を用いて観察すれば、因縁法の根本、つまり無明愚痴を見ることができる。生老病死苦は聖賢者が作り出したものではなく、無縁無故にあるものでもない。だから智者は生滅変異の生老病死苦を断ち切る。もし無明が滅尽すれば、行はなくなる。行がなければ、六識の業種もない。もし六識の業種が永遠に滅尽すれば、名色もなくなる。名色が滅尽すれば、六入もなくなる。もし六入が永遠に滅尽すれば、触もなくなる。もし触が永遠に滅尽すれば、受もなくなる。

原文:若受永滅者。則亦無有愛。若愛永滅者。則亦無有取。若取永滅者。則亦無有有。若有永滅者。則亦無有生。若生永滅者。無老病苦隂。一切都永盡。智者之所說。十二緣甚深。難見難識知。唯佛能善覺。因是有是無。

釈:もし受が永遠に滅尽すれば、愛もなくなる。もし愛の因縁が滅尽すれば、取もなくなる。もし取が永遠に滅尽すれば、三界の有もなくなる。もし有が永遠に滅尽すれば、生もなくなる。もし生が永遠に滅尽すれば、老と病の苦陰もなくなる。一切の世間法はこれから永遠に滅尽し、これは智者の言うところである。十二因縁法は甚深で、出会うことも難しく、認識し証知することも難しい。ただ仏だけが一切の法が生起する因があるかないかを善く覚悟できる。

原文:若能自觀察。則無有諸入。深見因緣者。更不外求師。能於隂界入。離欲無染者。堪受一切施。淨報施者恩。若得四辯才。獲得決定証。能解衆結縛。斷除無放逸。色受想行識。猶如朽故車。能諦觀此法。則成等正覺。如鳥遊虛空。東西隨風遊。菩薩斷衆結。如風靡輕衣。

釈:もし十二因縁法を自ら現前に観察できれば、根本に六入などの法がないことが分かる。因縁法を深く諦観する人は、二度と外に師を求めることはない。法こそが師であり、法に従って修行すれば解脱を得られる。五陰十八界六入の上で貪欲を離れ、染まりがない人こそ、一切の布施を受ける資格があり、清浄に布施者の恩徳に報いることができる。もし四種の無礙の弁才を得られれば、因縁法に対して最終的な証明を得ることができ、また一切の煩悩の結縛を解き、一切の煩悩を断ち切り、精進して修行して二度と放逸することはない。色受想行識の五陰は朽ち果てた古い車のようで、この法を諦観できる人は等正覚を成就し、そして自由な鳥のように虚空を遊泳し、東にも西にも風に従って遊ぶ。菩薩は一切の結縛を断ち切り、風が薄い衣の裾を吹くようである。

原文:毗婆屍閑靜。觀察於諸法。老死何緣有。從何而得滅。彼作是觀已。生清淨智慧。知老死由生。生滅老死滅。

釈:毗婆尸仏は閑静な処で十二因縁法を仔細に観察し、老いと死がなぜの故にあり、なぜの故に滅ぼされるのかを思惟した。このような観行をした後、清浄な智慧が生じ、老いと死は生によってあることを知り、生が滅べば老いと死も滅ぶ。

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